ヒストリー

  • 1993年.  第3回 Manila Mini Soccer World Cup (7人制サッカー大会) に参加するため、日本人サッカーチーム結成。
  • 1994年.  第4回 Manila Mini Soccer World Cup 参加。
  • 1995年.  第5回 Manila Mini Soccer World Cup 参加。
  • 1996年.  第6回 Manila Mini Soccer World Cup 参加。
  • 1997年.  第7回 Manila Mini Soccer World Cup 参加。この頃から11人制サッカーの活動を開始し、軍人チームと初の対外試合を行う。
  • 1998年.  Nomads FC、フランス人、日本人が中心となり、フィリピンサッカーリーグ E-League (Expats League) が立ち上げられ、参加が決まる。
  • 1999年.  Manila All Japan FC に正式名称がきまり、E-League に登録する。
  • 2000年.  E-League は PFF (Philippines Football Federation) 傘下となり U-League (United football League) に名称が変わる。Manila All Japan FC は U-League 初年度を3位で終える。
  • 2001年.  U-League 参加。
  • 2002年.  U-League 参加。
  • 2003年.  U-League 参加。
  • 2004年.  U-League 参加。
  • 2005年.  U-League 参加。
  • 2006年.  U-League 参加。
  • 2007年.  U-League 参加。
  • 2008年.  U-League 参加。
  • 2009年.  Football Alliance がセミプロリーグ UFL (United Football League) を立ち上げ、多くのチームが UFL への参加を表明し、Manila All Japan FC も UFL 参加が決まる。当時の UFL は外国人枠がなく、Manila All Japan FC は全て日本人選手で UFL 2 部からスタートする。
  • 2010年.  UFL 参加。
  • 2011年.  UFL 参加。
  • 2012年.  UFL 参加。
  • 2013年.  10月の UFL CUP から外国人枠が5人に制限される事になり、駐在員中心のチームはフィリピン人選手をチームに加え、日本人とフィリピン人の混合チームになる。
  • 2014年.  UFL 1 部昇格を目指し、名称を MAJ FC と変更し、日本人プロ選手、駐在員、フィリピン人プロ選手、フィリピン人学生の混成チームへと変わる。MAJ FC は UFL 2 部を5位で終える。
    この年、MAJ FC と Manila All Japan FC の2つのチームに分かれる。Manila All Japan FC は駐在員を中心としたまま活動を続け、WFL (Weekend Football League) に参加する事が決まる。
  • 2015年.  MAJ FC は JP Voltes FC に名称を変更し、完全プロチーム化する。チームは UFL 2 部を2位で終え、入れ替え戦の末、1部昇格を決める。
  • 2016年.  UFL は1部と2部が合併し、UFL 1部リーグのみとなり、外国人枠は4人となる。
    UFL CUP を6位で終える。UFLを2位と同勝ち点の41で終えるも、得失点差で4位となり惜しくもAFC CUP2017の出場権を逃す。
  • 2017年.  新リーグPhilippines Football League(PFL)参加に伴い、ホームタウンがMarikina Cityに決定する。名称をJPV Marikina FCに変更する。